双極性障害を20年ほどやっている。ナルコレプシー(疑い)は診断がついて病院で診てもらえるようになって6年くらい。どちらも完治しない病気で、まあ体質みたいなものだと思って付き合うしかないが、ここ3年ほどなんとなく、付き合い方をつかめてきたようだ。
双極は、私の場合そこそこ体調がよくフルタイムで平日働ける「軽躁期」1年間くらいと、体調が悪く寝込んでほとんど働けない「鬱期」数カ月~数年くらい、あとはどっちでもない安定した時期、これを繰り返す。「朝は笑っていた人が昼には泣いて落ち込んでいて」みたいなイメージはちょっと違う(それはそれでなんか別の病気かもしれない)。ナルコは、私の場合日中急にもう寝る以外にどうしても解消しようがない眠気に毎日おそわれ、特に緊張したりストレスがかかったりする場面ほど悪化する。3~4人で小部屋での研修を受けるとか、朝のチームミーティングとかだと絶対寝てしまう。診断がつくまでは、異常な勤務態度として会社を首になったりして大変だった。
もともとの性格は、好奇心旺盛で、常にやりたいことが多すぎて落ち着きがなく、情報収集や文献の読解が公私ともに好きで、アイデア出しとか他の人のプロジェクトへの質問とかは無限にやれるタイプだ。鬱期に入ると「やりたいことがない」ので、あー来たかーと実感する。逆に軽躁に入りかけると「やりたいこと」に金がかかるようになったり、ちょっと無理そうなスケジュールになったりする。
最近わかってきたのは、この「やりたいことが多すぎ、意欲だけがメチャクチャあるが、体力に見合ってない」というのを解決する機能が、「突然の過眠」なのではないかということだ。
毎日、おなじ道を歩いて駅に向かうのに、通り過ぎる家の庭木や花の色にいちいち気を取られては感動し、近所に住んでる人んちの犬に話しかけまくり(親友だと思っているが最近なかなか会えずつらい)、今日はあれもこれもやりたいなと考えながら職場へ行く。わりと適当な部署で、最近謎に放任されているため、着いたら仕事は好きなようにやる。仕事内容じたいは非常に楽しい。帰りは電車の中で、家帰ったらなにして遊ぼうかとわくわく考えつつ、スーパーで食材を買って帰路。夕食を作って食べて片付けて、自由時間になったらその楽しいやつ(小説執筆、イラスト描き、将棋観戦、読書、ミシン、編み物、パン焼き、香水をネットで見まくる、、、)をやって、風呂入って、明日はなにしようかな!と思いながら寝る。仕事の部分以外は、犬かなんかの暮らしだ。たぶんこんなにワクワクしていては、普通の人間の成人の生活はもたない。それで、やりたいのはわかるがやりすぎだよ!と、体のほうが先に判断して強制シャットダウンする、これすなわち突然の過眠である。たぶん私の場合は。
大学時代からの友人に、「森山はもし健康だったら、ものすごいハードワークをして一瞬で死んだと思うので、難しい病気でむしろよかった」と言われたことがある。本当にそう思う。
鬱期がくるのもおなじ意味で、これは軽躁期の帳尻あわせだ。軽躁期に活動しすぎたから、寝ろということなのだ。なにも意欲がわかなくてつらい時期だが、むしろ意欲なく寝ているほうが自分も周りも楽な時期ではある。
鬱と、突然寝てしまうこと、この二つがあってこそなんとかやれている。これは必要な強制シャットダウン機能らしい。そう思うようになって、鬱を抑え込もうとか、過眠をおそれたりとか、そういう気持ちがだんだん薄くなった。病気と暮らすのも、意外となかなか悪くないのかもしれないな。
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